さっき観てきたので、忘れないうちにと、映画館からすぐのカフェでこの文章を打っている。

どこから流れてきて知ったのかは忘れてしまった。Xだったか、noteだったか、他に観た映画の予告にあったのか。それでも、観なければいけないような気がしていて、ようやく行けた。
これは簡単にいえば、統合失調症の姉と家族のことを長年にわたって弟が撮影したドキュメンタリー映画だ。
この映画の公開自体は2024年の12月とのこと。
今も上映しているところはごく僅かだ。わたしの住んでいる都道府県ではやっておらず、隣の県まで行かないといけなかった。
*以後、映画の内容に触れるネタバレがあるので、嫌な方は引き返してください。
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現在うつっぽくて家で寝ていることが多いわたしが、わざわざ隣りの県へ遠出をしてまで、なぜこの映画を観に行こうと思ったのか。
わたしは伯父を統合失調症で亡くしている。わたしが生まれる前の話で、祖母にも、兄弟であった父にも聞いたことはない。到底聞けるような感じではない。その死を境に祖母は宗教に傾倒するようになった。父も繊細な人だ。しかも、まだ20歳そこそこの時期に起きた辛い出来事なので、今になってあの辛さを思い出したくはないだろう。
また、わたしが患っている双極性障害(双極症)は、うつ病よりも統合失調症に近い疾患であることがわかっている。
実際、血縁によって精神疾患が遺伝することはままある。メンタルが不調な親からは同じくメンタルが不調な子どもが生まれやすいだろう。
親譲りで背が高いとか、親と同じように太っているとか、そんな風に、脳が炎症を起こしやすいことも同じように遺伝するのだから。
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病気は、身体の病気も脳の病気も同様に、家族関係に暗い影を落とす。
実際、この映画でも弟である映画監督ご自身も、家族関係で気持ちが滅入ってしまい、就職を機に北海道から神奈川へ出ている。息の詰まる実家から、おかしくなった姉やそれを隠す両親から、離れたかったのだ。
それでも、そのままじゃいけないと実家へ向き直り、このままだと何も変わらないと伝え続け、お姉さんに起きたことを細かく整理しようとし、ありのままの様子を撮影されている。見ないふりするほうが何倍も簡単なのに。そうしたくなるほどに、お姉さんの本質的な部分は優しく面倒見のいい人格だったんだろう。
なおさら、病気が憎くて仕方ない。わたしたち周りの人間から見える言動や性格まで変えてしまう。1番苦しいし怖いのはお姉さん本人なのに。
おそらく頭のなかで繰り返す幻聴に対して、それをかき消すようにぶつぶつ呟くなかで、弟に話しかけられるとたまに我に返って普通の返事をする。完全に意思疎通できないわけではない。だからこそ、ご両親も世間からひた隠しにして来たのだろう。
わたし自身の話になるが、寝たきりで高校に行けなくなってしばらく経ったとき"わたしは脳がおかしいと思う。精神科に連れて行ってほしい"と母に言った。とても嫌な顔をされた。うつ状態でぼーっとしているときのわたしの言動に対して「本当に頭おかしい人みたいなことするのやめて。」と汚物を見るような蔑む表情で言われたこともある。
世間の目から見た精神疾患は気持ち悪い、甘え、おかしい、近寄りたくないというイメージだ。身内にいたら恥ずかしい、隠したいと思う人が大半だろう。
なんで?これががんだったら、盲腸だったら、貧血だったら、甲状腺の異常だったら?
"かわいそうに、大変だね、早く良くなってね"でしかないのに。
炎症を起こしていたり、機能が不調になったのが身体なのか脳なのかだけの違いなのに。
腹立たしさと、世間の目が気になる気持ちへの共感と、精神疾患当事者としても、統合失調症の親族がいる身としても、どちらものしんどさを想像してしまい息が詰まった。
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一度に入れるのが30人くらいの小さな小さなシアター。この映画を観るため以外ではなかなか来る機会もなかっただろう。
自動の券売機ではなく受付のお兄さんに、この映画を観たいんですけど、と言ってタイムスケジュール表を指差す。
通常料金でいいですか?と聞かれて、ちょっと申し訳なさを感じながら障害者手帳を出すとなんとも思ってなさそうな顔で割引なので1,000円です、と言われた。
こういう時は毎回、障害者には到底見えない見た目のわたしは、相手に『こいつ元気そうじゃん、なのに手帳?どうせメンタル疾患とかだろ。社会のゴミだな』と思われてるのではないかと内心怯えている。
苦しみながらも1人でなんとかなる程度の精神疾患は、日常生活もままならないほどで入院せざるを得ないほどの重症の人と比べればましだということなんだろうが、それはそれで家族や友人や知人や職場などに不調の説明がしづらく「でも普通に生活できてるじゃん」というひと言で片付けられてしまう。
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同じシアターにいた顔ぶれは、中学2,3年生〜高校生くらいに見える若い女の子、40代くらいの男性が2,3人、30歳前後の女性。様々な人がいた。全員で10人くらいだった。
みんな、この映画をどこで知って、どこから観に来たのだろう。わたしは自宅から電車で1時間かけてこの上映館までやってきた。
なんでこれに興味を持って、なぜこんな小さな映画館に来ることを決めたのか。聞いて回りたい気分だった。家族に精神疾患の人がいるのか、友達がそうなのか、本人が当事者なのか。
観ていて色々と思うことばかりだった。
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お姉さんからしたら、20代での若年発症、絶たれた将来、恋愛や友人関係、社会からも完全に隔絶され、原因不明の声などに安全を脅かされ、病院でも異常なしと言われてしまい、どうしようもなく怖かっただろう。
脳の神経伝達物質の異常は、風邪のように睡眠や食べ物の栄養で治るものではない。本人にはどうすることもできない。なのに、同居していて1番お姉さんの異常をわかっているはずの両親には医療につなげることもしてもらえない。
家族も、姉がそんな状態だったら家に人を招いたり、人に会わせるなんてできないし遠ざけて何も問題ないかのように振る舞うしかできない。家にいないと何をしでかすかわからない。お姉さんの近況について、○○ちゃんは今何してるの?と聞かれるたび、家族はどんな気持ちだったのか。
発症してから行った精神科できちんとした診察がなされ、異常が見つかっていれば。
一度だけではなく何度も診察してもらえていれば。
もっと早く医療に繋げてあげられれば。
周りの目よりもお姉さんの幸せを優先してあげられていれば。
もっと早く合う薬を飲ませてあげられていたら。
熱が出たら解熱剤を、胃腸が弱っていれば胃腸薬を飲むのと何ら変わらないはずなのに、なぜ精神薬への偏見ばかり強いのか。
どうしたらよかったのか。
監督の辛さ、怒り、やるせなさ、呆れ、姉を慕う気持ち、姉の変化に戸惑う気持ち、全てが詰まっている問題提起だった。
エンドロールの後に少しだけ映るお姉さんのピースサインの見送りに、あぁ、この人は病気でなければ優しい弟想いのお姉さんなんだろうなと感じてうるっときた。
もし、あなたのお近くに上映館があるのならば、観てほしい。メンタルが不調で感受性の強い人には負担かもしれないので、比較的調子がいい人やある程度自分のことと映画の内容を切り離して考えられる精神状態で観るのをおすすめする。
画面から目を離せない101分間でした。